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第52話 炎上とエレベーターの密事①

作者: 花柳響
last update 最終更新日: 2026-01-14 06:00:53

 翌朝、天道グループ本社ビルの自動ドアをくぐった瞬間、肌にまとわりつくような重たい空気に息が詰まりそうになった。

 空調は効いているはずなのに、なぜか生ぬるい。

 いつもなら、磨き上げられた大理石の床を革靴の硬い音が規則正しく叩き、エリートたちが足早に行き交うだけの場所だ。けれど今朝は、その無機質な空間のそこかしこに、べっとりと黒い何かが張り付いているような気がしてならない。

「……おはようございます」

 受付ですれ違った女性社員に声をかけると、彼女はぎょっとしたように目を泳がせ、逃げるように顔を伏せた。

 その背後で、数人の社員が口元を手で隠し、ひそひそと話しながらこちらを盗み見ている。

 心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 私が社長秘書として、天道征也の車から降りてきたからだろうか。それとも、身分不相応なブランド物のスーツを着ているせい?

 違う。

 突き刺さる視線に含まれているのは、単なる好奇心じゃない。もっとじめじめとした、汚いものを見るような、あるいは「見世物」をあざ笑うような色だ。

 私は無意識に、首元へ手をやった。

 今朝、征也が「見せつけてやれ」と言って残した、赤黒い痕。

 ファンデーションで隠すことも許されず、髪を上げさせられたせいで、その恥ずかしい印は白い肌の上で嫌でも目立っているはずだ。

 まさか、これを見られて……?

「……行くぞ」

 背後で、低い声がした。

 征也だ。

 彼は周囲のざわめきなど耳に入らない様子で、冷ややかな顔のまま歩き出す。体に吸い付くように仕立てられたチャコールグレーのスーツが、彼が動くたびに優雅な皺を作る。迷いのない足取り。

 その圧倒的な威圧感に、ざわめいていた社員たちが慌てて道を開け、頭を下げた。まるで、見えない壁に押しのけられたかのように。

 けれど、征也が通り過ぎた直後、波が戻るように再びさざめきが湧き上がるのを、私は背中に感じていた。

「おい、見たかよ今のネットニュース」「ああ、元お嬢様の転落人生ってやつだろ?」「社長に体売って秘
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